D的日記  40-2008年8月號 2008年8月17日
菊地秀行

接續上一回的話題。
「卡通博覽會」的所有行程結束後,我在美國的最後一天前往拜訪電影製片廠。
討論關於D寫實化的細節。
其實將D拍成電影的權利,在某位法國製作人手中,還得再過一年,合約才會到期。不過,他因為忙於其他工作,到時候就算到期,似乎也不會著手進行D的製作。
既然如此,等合約到期後,希望能由我們來製作──我收到來自好萊塢的多方要求,所以便和當中較為積極的公司商談此事。
我的英語會話能力很差,所以由出版D漫畫版的出版社人員充當我的口譯。可說是困難重重的一場會面。
最早的拜訪對象,竟然是保險公司。談的是電影製作相關的保險,我當然是聽得一頭霧水。到頭來,談的還是那位法國製作人合約即將到期的事。
之後又拜訪了三家製片廠。這邊得到的結論,幾乎也都是──等候對方合約到期。換言之,最後還是得確認對方是否有意拍這部片。
對於口譯員所說的話,我在一旁總是一味地點頭稱是(笑)。
這件事,請容下回再續。 

D的日記  409-2008年8月號 2008年8月17日
菊地秀行

 前回の続きです。
「アニメ・エキスポ」の全日程が終了した後で、最後のアメリカ滞在日は、映画製作プロダクションへの訪問になりました。
Dの実写化についての話です。
じつはDの映画化の権利は,とあるフランスのプロデューサーが持っており後一年たたないと期限切れになりません。ところが、彼は他の仕事が忙しく、期限が来ても、Dの製作にかかれそうもないのです。
それなら、期限が来たらすぐうちでやりたいというオファーが、ハリウッドから何本もかかり、中でも熱心な会社の話し合いになったわけです。
私は英会話が駄目なので、通訳はコミック版のDを出している出版社の方が担当してくれました。かなり難しい会見と言えば言えます。
最所の訪問先は、何と保険会社。映画製作に絡む保険に関する話なのですが、もちろん、私にはちんぷんかんぷん。結局、フランス人の契約が切れるという話になりました。
後の三件が製作プロダクション。こちらもほとんどが期限切れを待ってという結論。つまり、向こうのやる気の確認に終わりました。
ま、私は通訳の方の話に、うむうむとうなずいていただけですが(笑)。
この話は続きます。



D的日記  2008年9月號

刊登時間約為9月15日,敬請期待。


D的日記  39-2008年7月號 2008年7月12日
菊地秀行

這個月的三號到九號,我在洛杉磯舉辦的「動畫博覽會」中擔任來賓。這對於懶得出門又討厭動畫的我來說,是個令人心情沉重的企劃案;但邀請我出席的,是出版D的英文版和漫畫版的出版社,而且我也很久沒去美國了,想著去去也無妨,於是便答應了他們的邀請。
會場位於城市鬧區的巨大會議廳,雖然對從未出席過這種活動的我來說,無法判斷比較規模大小,不過,我認為人潮遠比去年在橫濱舉辦的「世界SF大會」還多,熱鬧又有活力。雖然和日本人一樣穿著戲服,但卻不大相同,因為裝扮的遠比日本性感多了,所以就連出席簽名會的我,目光也被他們所吸引,還被排隊的書迷們出言提醒才回神。他們可能覺得我不把他們當一回事。
此外,簽名會共舉行兩天,每次一個小時,每場都有超過兩百人的盛況。非常感謝大家。了解到「D」在美國也有這麼多熱情的書迷,我頓感精神百倍。接下來只要再出席一場座談會,公開活動就算結束了。
問題在最後一天。 (待續)。 

D的日記  39-2008年7月號 2008年7月12日
菊地秀行

今月の3日から9日まで、ロサンジェルスで開かれた「アニメ・エキスポ」にゲスト出演してきました。出不精でアニメ嫌いの私には少々気が重い企画だったのですが、招待してくれたところが、英語版と漫画版の“D”を出している出版社だったことでもあり、久しぶりのアメリカもいいかなと引き受けた次第です。
会場はダウンタウンにある巨大なコンベンション・ホールで、このような催しに出たことのない私には比べようがないのですが、昨年横浜で開かれた「SFワールドコン」よりははるかに人出も多く、活気づいていたと思います。日本人と同じコスチュームでも、中身が違いますから、遥かにセクシーで、サイン会に出席していた私も、思わず目を奪われてしまい、並んだファンに注意される有様でした。多分、ケイベツされたと思います。 
なお、サイン会は1時間ずつ2日行われ、どちらも200人を超す盛況でした。有難うございます。アメリカでも“D”の熱烈なファンがたくさんいることが分かり、元気が出ました。あとはパネルに出て、公式行事はおしまい。
問題は最後の一日でした。 (つづく)。


D的日記  38-2008年6月號
菊地秀行

讓我不再討厭起司的理由,其實很合理,而且令人驚訝。
有一家我常光顧的酒店,某次裡頭的小姐與我一同用餐時,點了一道起司拼盤,她見我眉頭微蹙便對我說道:
「老師,你的表情好恐怖哦,討厭啦。」
她當然是笑著這樣說。不過,我還是一樣討厭起司。這時,她就像窮追猛打一樣,對我說道:
「老師,你不吃的話,人家會生氣哦。」
如果我的個性,能在這種情況下堅決地說不,我就不會那麼辛苦了,但偏偏我這種人只會笑咪咪地說「好」。
從張口吃之前,我就在心裡盤算著「我早知道這東西很難吃,那我就盡可能面帶笑容說好吃吧」,說來實在很沒面子。
「老師,你要吃哪一個?」
她向我如此問道。其實只要隨手拿一個就行了,但我卻選了最臭的藍乾酪,咬了一口。結果,也許是小姐在看我吃的緣故,沒想到還挺可口的。於是我得意了起來,也嚐了其他起司,但還是長有青黴菌的起司最好吃。
「呀~老師你好棒哦。」
那位小姐拍手叫好。這就是我後來敢吃起司的始末。唉~寫完之後,我開始討厭我自己。 

D的日記  38-2008年6月號
菊地秀行

チーズ嫌いが解消した理由は、実に理に叶った、呆れ果てたものでした。
行きつけのキャバクラのお姐さんと食事をした際、お姐さんはチーズの盛り合わせを頼み、眉をひそめる私に、
「センセ、そんな怖い顔しちゃ、イヤん」
当然、笑顔になります。しかし、チーズ嫌いは変わらない。すると、追い打ちをかけるように、
「センセも食べてくれなきゃ、嫌」
ここで断固「NO」と言える性格なら苦労しないのですが、ニヤニヤしながら、「うん」と言ってしまう私しかいない訳です。
食べる前から、「まずいのはわかっているから、出来るだけニコニコして、うん、おいしいって言おう」とか計算してるのが情けない。
「センセ、どれ召し上がる?」
こう聞かれた途端、よせばいいのにいちばん臭いといわれるブルーチーズを選んでしまい、一口やった。すると、お姐さんが見ているせいか意外とイケる。調子に乗って他のも食べてみたのですが、やはり、青カビの生えた奴がベストです。
「きゃあ、センセ、すっごおーイ」
と、手を叩くお姐さん。これがチーズおっけーの一部始終です。ああ、書いてて自分が厭になりました。


D的日記  37-2008年5月號
菊地秀行

數週前,我的身體出現驚人的變化。
我開始能吃起司了。
「胡扯什麼啊?」
或許有人會這麼說,但我是個從打從出娘胎起,便沒辦法吃起司的人。就旁人來看,再也沒有比它更可口的東西了,但是一擺到我面前,那股嗆人的臭味實在教我無法領教。也許是我有一種先入為主的觀念,覺得那是發臭的牛奶。
之前到紐約採訪時,採訪的對象邀我一起共進晚餐,我興高采烈地前往,結果對方宣布:
「今晩是紅酒加起司的派對。」
我差點就此發狂。因為我也不會喝酒。結果,其他出席者享受了愉快的時光,我卻只有白開水和鹹餅乾相伴。
曾經在羅馬尼亞的市場閒晃時,突然來到起司賣場的一隅,當時我臉色大變,拔腿就跑。同行的朋友看得目瞪口呆,對我說:
「沒想到你竟然落荒而逃。」
過去我明明是這樣,為何現在變了呢? 原因請待下回分曉。 

D的日記  37-2008年5月號
菊地秀行

 数週間前、私の身に驚くべき変化が生じました。
チーズが食べられるようになったのです。
「なんだ、そりゃ?」
とおっしゃる方もいるでしょうが、私は生誕後今日まで、チーズが一切駄目な人間だったのです。はた目には、あんなに美味しそうな塊りはないのですが、眼の前にすると、あの饐えたような臭いを受け付けられません。牛乳を腐敗させたものという先入観念もあったかもしれません。
ニューヨークへ取材に行った折り、取材先の相手に夕食へ招かれ、勇んで出掛けたところ、
「今晩はワインとチーズ・パーティーだ」
と宣告され、気が狂いそうになりました。アルコールもアウトだったからです。結局、他の出席者が楽しく過ごしている間、水とクラッカーが私の友でした。
ルーマニアの市場をうろついていたとき、忽然としてチーズ売場の一角へ出てしまい、血相変えて逃げ出したこともあります。同行していた友人は、
「まさか逃げ出すとは」
と絶句していました。
なのに、何故? 理由は次回明かされます。


D的日記  36-2008年4月號
菊地秀行

上個月頭兩個星期,我去繞了一趟西班牙與葡萄牙。雖然我不太喜歡出國旅行,但只要決定前往,便能樂在其中。不過這次我在抵達當天感冒,除了最後兩天外,每天都昏昏沉沉。就連普拉多搏物館和阿爾罕布拉宮,也都絲毫提不起興趣。滿是橄欖油的西班牙菜,是我虛弱的腸胃最大的敵人。而且不論我左看右瞧,盡是長得像瓦斯桶的旅客和當地居民,到處萬頭鑽動,看得我心情鬱悶。
我前往葡萄牙聖地花地瑪時,在拍照的時候突然感到肌肉疼痛,我全身扭曲,放聲哀嚎,這時,周遭的善男信女皆以可怕的表情注視著我。我這才猛然發現,那種眼神就像是在說──這個在聖地受苦的可疑東洋人,肯定是惡魔一族。
就這樣,我經歷了一趟艱苦的旅程,唯一值得欣慰的,是我躺在床上的那段時間,無事可做,所以之前開始著手的稿子有了進度。兩部連載小說和一部漫畫原著,一共完成了250頁。不過,我到現在還是不知道這樣是否該感到高興。 

D的日記  36-2008年4月號
菊地秀行

先月の頭から2週間ばかり、スペインとポルトガルを廻って来ました。私は海外旅行があまり好きではありませんが、行くと決めればそれなりに楽しんできます。ところが、今回は着いた日に風邪を引いてしまい、最後の2日を除いてフラフラ。プラド美術館もアルハンブラ宮殿も少しも楽しめない。オリーブ油たっぷりのスペイン料理は弱った胃の敵でした。おまけに、右を向いても左を見ても、ガスタンクみたいな旅行者や地元民がうようよで、ほんと鬱になりそうでした。
ポルトガルの聖地ファティマへ出掛けたときなど、写真を撮っていたら急に筋肉痛に襲われ、身をよじりながら悲鳴をあげていると、周りの善男善女が、ものすごい顔で見つめるのです。はたと気がつきました聖地で苦しむ怪しい東洋人は悪魔の眷族にちがいない、と。あれはそんな目だったのです。
というわけで、正直きつい旅でしたが、唯一の救いは、ベッドにひっくり返っている間に、することがないから書き始めた原稿の進むこと。連載2本と漫画原作1本、合わせて250枚脱稿。しかし、喜んでいいのかどうか、今でも分かりません。


D的日記  35-2008年3月號
菊地秀行

接連發生了令人有點難過的事。
我最年輕的責任編輯,以及最資深(正確來說,算是第二資深)的責任編輯,都相繼提出了辭呈。
前者轉任其他公司,後者選擇成為一名自由工作者。因為他們不是開麵包店或是當政治家,所以隨時都能見面,聊著相同領域的事,但還是覺得有些落寞。
在我成為作家之前還是雜誌記者時,編輯是我很憧憬的工作。我雖然是雜誌記者,但不是經常出現在電視連續劇裡的那種表現活躍、連刑警也自嘆弗如的社會記者,而是負責收集資料、配合雜誌主題、訪問必要的人物,將它原原本本記錄下來的採訪記者。雖然名片上會將報導的事項連同雜誌的名稱一起印上,但身分其實卻是自由作家,所以只領得到稿費;只要編輯的企劃沒過,一整個禮拜,甚至是一整個月都會沒有收入。當時我真的很羨慕有固定收入的編輯。
看他們離開公司,之所以心裡覺得難過,也許是因為自己成為作家後過得還可以,這份驕傲之心使然吧。
(下回待續) 

D的日記  35-2008年3月號
菊地秀行

 少し哀しい出来事が続いています。
私の最も若い担当者と、最も古い(正確には2番目)担当者が、相次いで辞表を提出したのです。
前者は、別の会社へ入り、後者はフリーの道を選びました。パン屋さんや政治家になるわけではありませんから、いつでも会って、同じ世界の話ができるのですが、やはり何だか寂しい。
私が作家になる前、雑誌の記者時代は、編集者というのは憧れの的でした。雑誌の記者といっても、TVドラマによくある刑事顔負けの活躍をする事件記者ではなく、いわゆるデータマン、雑誌のテーマに合わせて、必要な人物に話を聞かせてもらい、それを丸ごと書くだけの取材記者でした。名刺には雑誌の名前が記事ごとに入りますが、身分的にはフリーですから、原稿料が入るだけ。担当者の企画が通らなければ、その週なり月なりは無収入。定収のある編集者がホント羨ましかったです。会社を去る彼らを悲しいと思って見送るのは作家になって何とかやっていける故の驕りかもしれません。
次回に続きます。


D的日記  34-2008年2月號
菊地秀行

從我現在體重直逼70公斤的模樣很難想像,但我一直到高中時代為止,都不滿50公斤,甚至還被人嘲笑是「會走路的學生制服」。也許是這個緣故,我現在對胖子有一種強烈的好感,每次看見胖嘟嘟的小孩,總會不自禁地笑容滿面。
某次,有位朋友深有所感地對我說道:「你每次看到胖嘟嘟的小孩,總是很開心呢」。
某天,我在咖啡廳裡等人時──出現了。
一位令我很想拍手叫好的胖媽媽,和她毫不遜色的胖女兒,雙手捧滿了東西,氣喘吁吁地走進。接著,兩人在橢圓形的桌子角落迎面而坐。有某個預感震撼我心頭。桌子另一頭還有個空位。她們迎面而坐,表示肯定還有另外一個人會來坐這個位子!
來了!來了!另一名體型完全不讓她們專美於前的女兒,同樣拎著東西,咚咚咚地走來。我感動得胸口幾欲就此爆裂。
但當我猛然發現時,那位媽媽一直狠狠瞪視著我。由於我一直笑嘻嘻地注視著她們,她似乎將我誤會成是專挑肥胖女性下手的變態或是肉舖老闆
真是悲哀的經驗(笑)。 

D的日記  34-2008年2月號
菊地秀行

 70キロ近い現在の姿からは想像もつきませんが、高校時代までの私は50キロもなく、「学生服が歩いている」とからかわれる始末でした。そのせいか、現在でも太った人への愛着は限りなく強く、ぷくぷくした子供など見ると、ついにこにこしてしまいます。
いちど友人に、「お前、太った子を見ると、ホントに嬉しそうだよな」と、しみじみ言われたこともあります。
そんなある日、喫茶店で人を待っているとき――来ましたよ。
もう拍手したくなるような太った小母さんと、少しも負けてない娘さんが、両手に荷物抱えてぶうぶう、と。そして、惰円形のテーブルの隅に向かい合って座った。私はある予感に胸が打ち震えました。テーブルの端にもう一席空いていたのです。それなのに向かい合って座ったということは、空いてる席に、もうひとりやって来るに違いない!
来た!来ました。前二者にヒケを取らない娘さんが、これまた荷物を下げて、でんでんでんと。感動のあまり胸が張り裂けそうでした。
それなのに、ふと気がつくと、お母さんがじいっと私を睨みつけているではありませんか。あまりにこにこ見つめていたせいで、太った女性専門の変質者か肉屋さんに間違われたらしいのです。
悲しい経験でした(笑)。 


D的日記  33-2008年1月號
菊地秀行

 恭賀新禧。今年的「D的日記」也請多多指教。
先來告訴各位關於「D」的消息吧。
很遺憾,新書還沒完成,不過,預定年今年內會出一本新書。請各位別滿懷期待(笑),靜靜等候吧。
和台灣版一様,英文版的「D」也頗為暢銷,去年年底,法國出版社也提出在法國出版的要求申請。當然會譯成法文。不過,翻譯是根據英文版還是日文版呢?當中的翻譯應該會有微妙的差異吧。我心裡一直引領期盼義大利、德國、西班牙等國家來和我們接洽呢(笑)。
提到國際性,關於 「D」的漫畫版,似乎也頗獲好評,聽說有些亞洲的出版社向日本出版社提出要求出版的申請。台灣要是也在其中就好了(笑)。
有件事很遺憾,那就是好萊塢版的真人電影方面,坦白說,完全沒有進展。製作人只讓我看了四張圖。
「D」的世界正靜靜地向外擴展,這是可以確定的。還望大家繼續支持。

D的日記  33-2008年1月號
菊地秀行

 明けましておめでとうございます。今年も「D的日記」をよろしくお願いいたします。
まず、“D”に関する情報をお伝えしましょう。
新刊は残念ながらまだですが、年内には一冊書き下ろす予定です。期待せず(笑)お待ち下さい。
台湾版同様に英語版“D”も好調で、去年の末に、フランスの出版社から出版の申し込みがありました。勿論、フランス語訳になります。ただし、英語版をベースにするのか、日本語版かで翻訳は微妙に異なるでしょう。私は、あとイタリア、ドイツ、スペインあたりから依頼が来ないか、密かに、待ちわびています(笑)。
国際的といえば、“D”のコミック版ですが、こちらも好評らしく、アジアの出版社から日本の版元へいくつか申し込みがあったそうです。台湾もその中に入っていればいいのですが(笑)。
残念なのはハリウッド版――実写映画のほうで、正直、全然進んでいません。プロデューサーが4カットほどイラストを見せてくれた程度です。
“D”的世界が静かに広がっていくのは間違いありません。応援願います。


D的日記  32-2007年12月號
菊地秀行

繼續前次的話題。各位針對「希望D有什麼樣的發展」而寫給我的信,還有後續呢。
「JUJU」提到「希望能描寫D在成為獵人前的生活」―一這是身為作者的我也很想做的事,但非常困難。我想在接下來的故事中,每次都稍微提一點。事實上,有本書是解開D出生之謎的關鍵……
我已收到「小綠」提供的原創故事和新角色。吸血鬼與妖精對決的主題非常有意思。我日後會將它寫在小說裡。
「蠍女」的來信提到,想了解左手是如何寄生在D的身上,這部分我也會慢慢讓它明朗化。
致「艾悠月」。D的愛情故事我一定會寫。不過,絕不能像一般小說那麼簡單。必須既黑暗又血腥,而且是淒美絕倫的愛情故事,這樣可以嗎?
「雙胞胎女主角」的點子非常特別哦,「阿路米」。不過,我覺得這適合從D獨立出來,自成一個故事加以發揮。日後如果有時間,我會試試看。

感謝各位提供這麼有趣的點子。D和我實在很幸福。日後還請各位多多賜教。詳讀各位提供的點子,讓我度過一段很快樂的時光。

D的日記  32-2007年12月號
菊地秀行

前回の続きです。みなさんからの、“Dをこうしたら”というお便りは、まだまだあるのです。
『JUJUさん』の「Dがハンターになる前の生活を描写」―これは作者としてもとてもやりたいのですが、中々難しいのです。これからの物語の中で、少しずつ描いていきたいと思います。実は、Dの出生の秘密を解く鍵になる本があるのですが……
『緑ちゃん』からは、オリジナル・ストーリーとニュー・キャラクターの提供を受けました。吸血鬼対妖精の対決というテーマはとても面白い。いつか描かせて下さい。
Dに寄生している左手について―とは『蠍女さん』からのお便りですが、この辺も少しずつ明らかにしていきます。
『芝悠月さん』へ。Dのラブストーリーは、必ず書きます。ですが、普通の小説のような甘い物語には絶対なりません。暗くて血にまみれた―そして、美しいラブストーリーでいいですか?
「双子の女主人公」のアイデアは秀逸ですよ、『阿路米さん』。ただし、これはDよりも、独立したストーリーで活躍させた方がいいような気がします。時間さえあれば、いつか。

楽しいアイデアをありがとうございました。Dも作者も幸せ者です。また、色々教えて下さい。みなさんのアイデアを読むのは、とても楽しい時間でした。


D的日記  31-2007年11月號
菊地秀行

這次應編輯部要求,決定就各位對「D」所提出的點子進行檢討。
我明白寄點子給我的各位,對「D」充滿了熱愛,我非常高興。如果可以的話,我希望這些點子全部都能加入「D」當中。
「從邪神砦中獲得解放的譯者」,要是讓「有一對貓耳、個性沉默、蘿莉女侍風格的獵人」參與演出的話,你一定很樂對吧。我想,負責插畫的天野先生也會很高興。
「獵人助手」提到,採用的人物不是「實驗失敗品或是改良版的吸血鬼」,而是「純正吸血鬼或神話中的妖怪」這個點子,我深表同意。也許是該讓冷酷無情的貴族登場的時候了。和D一對一對決的場面,想必非常壯烈。
「魏魅魁」,妳希望「D」將妳從敵人手中救出,最後就此喪命,嗯……這恐怕有困難。(笑)
「河」,你提到「希望多描寫一些D的生活」,關於這個意見,我也時常放在心上。至於會出現何種「生活」,請各位對後續的「D」拭目以待。
下期待續。

D的日記  31-2007年11月號
菊地秀行

今回は、編集部の要望もあって、皆さんから頂いた“D”に関するアイディアを検討することにしました。
送って下さった皆さんが、“D”のことを愛して下さっているのが分かり、とてもうれしいです。本当なら、全てを“D”に取り入れたいくらいです。
『邪神砦から解放した翻訳者さん』の「猫みみ無口ゴシックロリータメイド風のハンター」なんか出演させたら楽しいでしょうね。イラストの天野さんも大喜びだと思います。
「実験の失敗策や改良版の吸血鬼」でなく、「ピュアな吸血鬼や神話の中の妖怪を」という『ハンターの助手さん』のアイディアにもうなずきました。そろそろ冷酷無残な貴族を登場させる時期かもしれません。Dとの一騎打ちは壮絶なものになるでしょう。
『魏魅魁さん』、“D”があなたを敵から救い、しかし結局死んでしまうというのは、うーん、ちょっと難しいですね。
『川さん』、「Dの生活を描写してほしい」というご意見は、いつも私が心掛けていることです。どんな「生活」が出てくるかは、以後の“D”をお楽しみに。
この項は次回に続きます。


D的日記  30-2007年10月號
菊地秀行

我從以前就覺得,每次經濟不景氣,人類的倫理道德便會淪喪。
在我的生活中,最能清楚明白這點的,就是計程車。
告知目的地後,司機刻意繞遠路,這是常用的手段,比較惡劣的情況,是明明可以直走,卻偏要左彎右轉,蜿蜒跑了一大段路後,再以斜線前進,也就是說,司機是以三角形的方式行進,以此多賺點車資。不過,這種技倆會遇到的問題,在於我知道路(笑)。
「你別亂來哦」 
只要如此喝斥,馬上就會走回捷徑 (笑)。
如果是直走的路線改成往左右兩邊走,那倒還好,更惡劣的是有些司機甚至會往反方向開。這時要當場下車,之後再打電話給計程車行,要求退費。只要和金錢有關,人就會墮落到這種程度嗎?最近我對於坐計程車充滿了期待(笑)。當然了,我的目的是要痛罵那些讓人不悅的司機。這樣也很壞心對吧 (笑)。

D的日記  30-2007年10月號
菊地秀行

 これは前から感じていたことですが、不況になると、人間のモラルも本当に地に堕ちます。
私の生活の中で、これが最もはっきりわかるのがタクシーです。
行き先を告げると、わざと遠まわりするのは常套手段で、ひどい場合は、まっすぐ直進すればいいのに、わざと左右へ曲がり、蜿蜒と走ってから斜めに、つまり三角形に走行して、料金を稼ごうとした例があります。ただ、この手口の問題は、私が道を知っていたことで(笑)。
「出鱈目なことするな」 
と、怒ると、すぐに近道へ戻ったりする(笑)。
直進コースを左右へ行くならともかく、ひどいのになると逆走する運転手もいました。この時は、その場で車を降り、後でタクシー会社に電話をかけて料金を返還させました。お金が絡むと、人間はここまで堕落するものかと、この頃はタクシーに乗るのが楽しみで仕様がありません(笑)。もちろん、不快な運転手を罵るのが目的です。これも性質悪いですね(笑)。


D的日記  29-2007年9月號
菊地秀行

接續上次的話題。
「鬼妓回憶錄」上映的結果,可怕程度遠遠超乎預期。
拷問的畫面(內容不能寫)令現場氣氛為之凍結,尖叫聲不斷。當我看到多名女性影迷低著頭不敢看時,老實說,我心裡暗叫不妙。這對女性來說,似乎太刺激了點。
在編輯電影時,我自認已將過於驚悚的畫面刪除,但一般的驚悚場面似乎仍令女性難以接受,電影上映後,可以清楚感覺得出眾人都提不起勁。
也許是五小時的深夜節目最後一場的緣故。我心想,至少來個特別服務吧,於是在「鬼妓回憶錄」之後播放了美女偶像的泳裝清涼影帶,但大家卻看得無精打采。
脫口秀結束後──
「我做了兩次夢」
「因為太過震撼,害我心情有些鬱悶。」
「我懷疑播這部電影的人(就是我)有沒有常識」
各種聲音排山倒海而來。真傷腦筋。不過,不管怎樣,竟然有這麼一部電影能將觀眾KO,這令我感受到影像及其他各種表現的可能性,我非常開心。小說也不能輸給電影。

D的日記  29-2007年9月號
菊地秀行

 前回の続きです。
「ぼっけえ、きょうてえ」を上映した結果は、予想を上回る凄まじさでした。
拷問シーン(内容は書きません)では場内が凍りつき、あるいは悲鳴の連続。何人もの女性ファンが下を向きっぱなしなのを見た時は、正直、しまった、と思いました。女性には刺激が強すぎたようです。
映画を編集するときも、超過激なシーンはカットしたつもりなのですが、ただの過激なシーンも女性には辛かったらしく、上映後、みなぐったりしているのがよくわかりました。
五時間の深夜イベントの最後だったせいもあるでしょう。せめてもと思い、「ぼっけえ、きょうてえ」後に、美人アイドルの水着ビデオを映したのですが、みなぼんやりと眺めているだけでした。
トークショーが終わってからも、
「二回も夢に出て来た」
「ショックで鬱になりかけました」
「上映した人(ワタシのこと)の常識を疑う」
との、声が続出。正直、参りました。ただし、どのような形にせよ、観た者をここまでKOできる映画があるということは、映像にとどまらないあらゆる表現の可能性が感じられて、私はとても嬉しかったです。小説も映画に負けていられません。


D的日記  28-2007年8月號
菊地秀行

我看了一齣電影,不知該說是有趣,還是駭人。這是僅以六十張稿紙寫成的短篇故事,並贏得「角川恐怖小說大賞」的『鬼妓回憶錄(ぼっけえ・きょうてえ)』(原文是方言,意思是「非常可怕」)電影版。
背景是明治時代的日本,導演也是日本人,但卻是一部美國電影,此乃集結13名導演,各自拍攝片長不到一小時的恐怖電影──”恐怖大師(Masters of Horror)”企劃當中的一部。
內容是一名美國記者前來帶回來他留在日本的女友時,發現女友已被賣至妓院,香消玉殞;一名與他女友同是妓女的女子告知這名美國人這個消息,並由這個女子的回想開始展開這個故事。
故事確實悲慘。他那名已死的女友,生前被懷疑偷竊女主人的戒指,因而遭受嚴刑拷問;這段畫面相當駭人。畫面中傳來這名女友的哀嚎,讓人覺得她當時真的被嚴刑拷打過;而且背景雖是在日本,但製作群都是美國人,妓女全都是紅髮,服裝也極盡鮮豔,登場人物全部說英語……宛如目睹著某個異世界(=地獄)一般。老實說,真的很與眾不同。在最近的脫口秀中,我播放了這部電影,結果──且待下回分曉。

D的日記  28-2007年8月號
菊地秀行

 面白い、と言うか、凄まじい映画を観ました。わずか60枚の短編で、「角川ホラー大賞」を受賞してのけた『ぼっけえ・きょうてえ』――方言で「とても怖い」という意味ですが――その映画版です。
舞台は明治時代の日本、監督も日本人なのに、実はアメリカ映画で、もともと、13人の監督を集めて1時間弱のホラーを撮らせた”マスター・オブ・ホラー“という企画のなかの一本なのでした。
アメリカ人役者が、日本へ遺した恋人を連れ戻しに来ると、彼女は遊郭に売られ、もう死亡したと言う。それを教えてくれた遊女仲間の回想がストーリーになります。
いや、その凄いこと。死亡した恋人は、女主人の指輪を盗んだ疑いをかけられ、拷問を受けます。このシーンが途方もない。画面中に恋人の絶叫が鳴り響き、これが本当に拷問を受けているのではないかと思われるくらいです。しかも、日本が舞台とはいえ、製作スタッフはアメリカ人ですから、遊女は全員赤毛、衣装も極彩色、登場人物は全員英語を話す……まるで、一種の異世界=地獄を見ているようでした。正直、たいしたものだと思いました。最近のトーク・ショーでこれを上映してみたのですが、その結果は―次回へ続きます。


D的日記  27-2007年7月號
菊地秀行

這是給“D”迷們的通知,順便做個宣傳。不好意思。
今年11月25日,「吸血鬼獵人“D”」的漫畫版「HIDEYUKI KIKUCHI’S
VAMPIRE HUNTER D」,預定全球同步發售。
有英文版、德文版、義大利文版、芬蘭語版(?!)、以及日文版。聽說法文版目前仍在交涉中。
作畫者是鷹木骰子(SAIKO TAKAKI)小姐。她也是我的小說迷,每有我的脫口秀,她一定都會到場。在每一次的脫口秀中,她總是會製作內含插圖的名片,我很喜歡名片裡D的用色,所以便試著找她合作。這部作品,是她成為專職漫畫家的處女作。
想確認呈現的結果如何,最好的辦法就是親自去看這部作品。身為原作者的我只想說一句。
「我沒看走眼。」
這句話就夠了。雖然女性向來較不擅長動作場面,但鷹木小姐的畫風與男性漫畫家相比毫不遜色。對畫面的營造也有獨到之處,語調的運用也很出色。能獲得這麼一位傑出的漫畫家, “D”的世界將更為拓展。日後若是出台灣版,相信會是很令人開心的一件事。

D的日記  27-2007年7月號
菊地秀行

 “D”ファンへのお知らせです。宣伝もかねています。ごめんなさい。
今年の11月25日、「吸血鬼ハンター“D”」のコミック版「HIDEYUKI KIKUCHI’S
VAMPIRE HUNTER D」が世界同時発売の予定です。
英語版、ドイツ語版、イタリア語版、フィンランド語版(!?)そして、日本語版。フランス語版は、目下交渉中だそうです。
作画は鷹木骰子(SAIKO TAKAKI)氏。私の小説のファンで、トークショーに必ず来てくれている女性です。彼女はトークショーの度にイラスト入りの名刺を作り、そのなかのD
の色使いが気に入って、声をかけてみました。この作品でプロ漫画家デビューです。
出来映えは、作品を見てくれ、というのが一番いいのですが、原作者からひと言。
「私の目に狂いはなかった」
これで十分でしょう。女性というのはアクション場面が苦手なものですが、高木氏のタッチは男性漫画家に少しも引けを取りません。画面構成もユニークですし、語り口もいい。素敵な漫画家を得て、“D”の世界はますます広がって行きます。台湾版もいつか出ると嬉しいです。


D的日記  26-2007年6月號
菊地秀行

接續上次的日記(笑)。
健康檢查的結果,大致上沒有異狀。「大致」這句話是重點,意思是有些小毛病。而且是去年一直都正常的部分,紛紛出現一些小毛病。
胃部有兩處息肉。
肺部有約五公分長的結節。
超出正常範圍一倍的高脂血症和脂肪肝。
胰臟因為有氣體的縁故(笑),無法進行超音波診斷。
醫生告訴我,息肉是良性,結節應該也不是惡性才對,但我還是半信半疑。我有好長一段時間久咳不止,而且還有痰。附帶一提,我那久咳不止的父親,就是死於肺癌。於是我又去了一次。醫生在聽完我的陳訴後,只說了一句:
「應該是感冒吧?」
接著便給了我感冒藥。連同抗生素和胃藥在內,一共有四種,高脂血症的藥也包含其中,所以我就此展開藥罐子的生活。先父也很喜歡吃藥。
不過,我的疑慮仍未消除。咳嗽還是如影隨形。

D的日記  26-2007年6月號
菊地秀行

前回の続きです(笑)。
健康診断の結果は、大体異常無しでした。まあ、大体というのが肝心なところでして、少しはあるわけです。それも去年は平気だった部分にあれこれ出来ている。
胃に二ヵ所のポリープ。
肺には五センチほどの結節。
許容範囲の倍を越す高脂血症と肝脂肪。
膵臓はガスのため(笑)超音波診断も出来ない。
医師はポリープは良性、結節も悪性ではないだろうと言いましたが、信用できません。もうずいぶんと咳が止まりませんし、痰も絡みます。ちなみに、咳が止まらないと言っていた父は肺癌で亡くなりました。で、もう一度、行きました。私の訴えを聞いた医師はひとこと、
「風邪じゃない?」
と言って感冒薬をくれました。抗生物質や胃薬を合わせて四種類、プラス高脂血症の薬も入りましたから、薬漬けの日々が始まります。亡くなった父も、薬大好きでした。
しかし、疑いはまだ晴れません。咳はなお続いています。


D的日記  25-2007年5月號
菊地秀行

我今天準備去聽取健康檢查的結果。雖然外表看起來一切正常,但身體狀況還是自己最清楚。現在常會莫名其妙地乾咳,覺得身體重心不穩,睡眠只要睡上三小時,便一定會醒來。
應該是哪裡有毛病吧(笑)。
不過,就算今天醫生告訴我「你只剩三個月好活」,我應該也不會過於驚訝。並非我已做好心理準備,而是因為過去曾有人對我做出類似的宣告,讓我曾經有過心理準備。
那是約莫三、四年前的事。由於久咳不止,所以我照了X光片,結果發現肺部有幾個白點。由於對方不是專科的醫師,所以他告訴我:「我會將片子轉給專科醫師。對方應該會告訴你這是什麼。」
「是什麼」這句話,令人產生無限聯想。當時我覺得自己已經完蛋了。既然這樣,以後的事都已經無所謂了。就算編輯對我說:「~年後,將小說改編成漫畫吧」,也隨他去。在電視上聽人談論「明年會開始販售這種高科技機器」,我也只會覺得「哦,不錯嘛」,而不會有其他的想法。
附帶一提,在照過X光片的半個月後,專科醫生診斷的結果為「輕微發炎」,也就是所謂的「類肺炎」。那麼,我去聽取檢查報告了。

D的日記  25-2007年5月號
菊地秀行

 今日、健康診断の結果を聞きに行ってきます。外からは異常なしに見えても、体調は本人にしかわかりません。現に、おかしな空咳は出るし、フラつくし、睡眠時間は三時間で必ず眼が醒めてしまいます。
何処かがおかしい(笑)。
ですが、今日、「余命三ヶ月です」と告げられても、あまり驚かないでしょう。覚悟が出来ているというのではなく、かつて、似たような宣告をされて、覚悟を決めたことがあるからです。
三、四年前でしょうか。あまりに咳がやまないので、レントゲンを撮ったら、白い点がいくつか映りました。
専門医ではなかったので、「そちらへ廻しますが。これは何か言われると思います。」
何かが、何かは、想像がつくでしょう。もうおしまいだと思いました。こうなると、まず、未来のことがどうでも良くなってきます。担当者が、「~年後に、小説をコミック化しましょう」と言ってきても、勝手にやれ。TVで、来年こんなハイテク・メカが発売されますと聞いても、へえ、よかったね、でおしまい。
ちなみに、その半月後、専門医の診断は「軽い炎症」―つまり「肺炎もどき」でした。では、行って参ります。

 

■2005年6月~2007年4月舊有文章敬請到這邊觀看。
■2005年5月~2006年3月舊有文章敬請到這邊觀看。
■2006年4月~2006年11月舊有文章敬請到這邊觀看。