D的日記  24-2007年4月號
菊地秀行

日曆顯示現在已是春天,但東京卻依舊寒冷。這種日子若是一直持續,我自有我的防範之道。不過,接連過了幾天平均氣溫25度的日子後,天氣由暖轉熱,正想要開始打包暖爐,並將冬天的衣服收進衣櫥裡,而當我都已做好迎接這些事的準備時,天候又驟然轉涼,真是傷透腦筋。好在我有一圈肥油護身,至於我那些體重不到55公斤的朋友們,則是紛紛因感冒而臥病;講電話時,也全是咳嗽中的聲音。
儘管如此,春天還是會到來。
雖然不知道實際重量是多少,但地球這個星球只要轉一圈,黑暗便會在春天來臨前退散;在它繞著太陽運行的這段期間,季節便隨之更替。這是多麼了不起的一件事啊。離太陽稍遠或是太近,地球上的人類就不會存在。說起來,這算是一種物理學現象,但就人類的精神而言,它讓最重要的事得以成真。沒有不會天亮的夜,冰天雪地的寒冬,不久也終將在春天的溫暖來臨時退去。這正是人類在欲望的深淵裡,卻又想好活活下去的偉大泉源。如果稱宇宙的造物者為「神」,那麼,「神」將人類造得如此馬虎,相對地,或許也賜了給人類「希望」以作為補償。當我感受到黑暗中那帶有一絲青光的拂曉,以及隆冬驀然吹來的一陣春風時,特別會有這樣的感觸。

D的日記  24-2007年4月號
菊地秀行

 暦の上ではもう春ですが、東京ではまだ寒い日が続いています。何日も続けば、こちらも予防手段はあるのですが、平均気温が25度という日が何日か連続し、暖かいが暑いになり、ストーブは仕舞いこむ、冬用の衣類は戸棚の奥、という事態を迎えてから、急に冷え込んだので困ります。私は太りすぎの脂肪が守ってくれましたが、55キロ以下の友人たちは次々に風邪で倒れ、電話での会話は全て咳付のバリトンでした。
それでも春は来ます。
重さはどのくらいか知りませんが、地球という名の星が一回転すると闇は春の前に退けられ、太陽の周りを巡る間に季節が交替する。これは、かなり凄いことではないでしょうか。太陽からの距離があと少し遠くても近すぎても、地球上に人類は存在しなかったでしょう。まあ、これは物理的な現象ですが、人間の精神にとって、何より重大なことを可能にしてくれました。明けない夜はなく、凍てついた冬は、やがて春の温みの前に去っていきます。これこそが、人間が欲望の淵に立ちながら、なお、生き抜いていこうと思う、大いなる源泉ではないでしょうか。宇宙を創造した何かを“神”と呼ぶならば、“神”は人間をおろかにこしらえてしまった代償に、“希望”を与えたのではないか。暗黒が青みを帯びていく暁や、冬のさなかにふと吹き付けてくる春風を感じたとき、特にそう思います。



D的日記  2007年5月號

刊登時間約為5月15日,敬請期待。

D的日記  23-2007年3月號
菊地秀行

科幻和恐怖這類超現實的短篇小說之所以不暢銷,似乎是一種全球性的傾向,美國作家也曾經寫道,短篇作家周遭的環境,“比詩人和流浪漢還要嚴苛”。
我雜誌處女作是一部短篇作品,但成名作卻是長篇小說。不知為何,幾乎沒人找我寫短篇小說(也許是長篇暢銷的緣故),而我也就此打消了原本想靠寫短篇小說為生的願望。這世界全由經濟原理所支配。自從「異形收藏」發行後,這十年來,我有「死愁記」「妖愁」「幽幻街」這三本短篇集問世。這也全多虧了長達三十六集(外加特集四集)都讓我執筆的「異形收藏」。
這三十六集當中,我缺席了三集。
第一集是因為適逢父喪。
第二集是因為與文選集的編輯為了好不好色的問題而起了爭執。
第三集則是因為對一名女性負責編輯說「臀部借我摸一把吧」,被對方悍然拒絕,令我惱羞成怒。
如今回想起來,都不是什麼正當的理由。希望日後有一天,「異形收藏」的每一集都能在台灣有翻譯本問世。

D的日記  23-2007年3月號
菊地秀行

SFやホラー、いわゆる超現実的な短編小説が読まれないのは、世界的傾向らしく、アメリカの作家も、短編作家を取り巻く環境は“詩人や浮浪者よりも厳しい”と書いています。
私の商業誌デビューは短編でしたが、人に知られるようになったのは長編小説でした。なぜか短編の依頼はほとんどなく(長編が売れてたせいでしょう)、短編小説を書いて生きていきたいという私の願いは、あっさりと断ち切られました。世界を支配しているのは経済原理です。それが、「異形コレクション」が刊行されるや、この十年で「死愁記」「妖愁」「幽幻街」と三冊の短編集が世に出ました。これも、全三十六冊(プラス別巻四冊)に亘って筆を振るわせてくれた「異形コレクション」のおかげです。
ところで私は三十六冊のうち三冊を欠席しています。
一冊は父親が亡くなったのと重なったため。
二回目は、アンソロジストと女好きかどうかで口論になったため。
三回目は、女性担当者のヒップに触らせろと言ったら、断固拒絶されたため、頭に来て。
今思い返すとロクな理由ではありませんな。いつか「異形コレクション」が全巻、台湾で翻訳されんことを。



D的日記  22-2007年2月號
菊地秀行

我從創刊號便一直參與至今的新作文選集「異形收藏」,迄今已滿十周年,真是可喜可賀。
於1997年12月創刊,共36集,總作品數多達850篇以上,參與作家有160多人。就整篇都是全新作品的文選集來說,這無疑是全世界最長、最大的一套系列。若是申請金氏世界紀錄,肯定能得到全球公認。
我曾因為喪父的緣故而缺席了三集,不過,應該會繼編輯井上雅彥先生之後登場。
這部文選集的特別之處,不用說也知道,就在於它每一篇都是全新作品。因為每一集都有固定的主題,所以每位作家都在相同的舞台中一顯身手。雖然有點可怕,但若是真的全力以赴,會有什麼結果,大家應該也能想見才是。「異形收藏」的每一集,都成了作家們彼此之間驚天動地,而且無比迷人的戰場。
十年前的短篇小說,尤其是以超現實為主題的驚悚、奇幻、科幻等短篇小說,出版社鮮少問津,就算集結成冊也銷路不佳,作家們深感苦惱。就是由「異形收藏」開始衝鋒陷陣。下次我想進一步提到異形的豐功偉業。

D的日記  22-2007年2月號
菊地秀行

私が創刊号から参加している書下ろしアンソロジー「異形コレクション」が、目出度く
十周年を迎えました。
1997年12月創刊、全36巻、作品総数850編以上、参加作家160名強。全編新作のアンソロジーとしては、文句なく世界最長、最大のシリーズです。ギネス・ブックに申請すれば、一も二も無く公認されるでしょう。
私は父の死と重なったりして、3巻分欠席しましたが、たぶん編者の井上雅彦氏の次に、登場しているはずです。
このアンソロジーの凄さは、言うまでもなく、全て新作という点です。各巻テーマは決まっていますから、作家はみな同じ舞台で実力を試されることになる。これは怖いけれど、本気を出したらどうなるか、皆さんもお分かりでしょう。「異形コレクション」の一冊一冊は、まさしく作家同士の凄まじい、そして素晴らしい戦いの場になりました。
十年前、短編小説、それも現実を超えたテーマを扱うホラー、ファンタジー、SF等の短編は、出版社からの申し込みも少なく、一冊にまとまっても売れず、作家たちは苦悩していました。「異形コレクション」は、そこに楔を打ち込んだのです。次回もこの異形―偉業について触れたいと思います。


D的日記  21-2007年1月號
菊地秀行

我目前在起居室的地板上舖了三塊坐墊,整個人趴在上面寫稿,看來是年紀的關係,各種毛病開始陸續浮現。
首先是腰痛和肌肉疲勞。由於坐墊薄,所以必然得挺著上半身寫字……這就是原因。直到前年為止,就算再痛再累,也能馬上恢復,但最近就不行了。特別是肌肉疲勞,若不採用我家的最後手段──電動按摩機,一次按摩兩趟,便無法消除疲勞。
儘管如此,截稿日還是步步近逼。
「明天早上是最後期限了」負責的編輯I先生說。
「是!」我說。
隔天
「可否再撥一天的時間給我?」
「唔……」(換作是我,也無法作判斷)
「啊,可以是吧。那就請多指教了。」
「咦!」
寫得好像是在炫耀似的,問我為何要這麼寫,那是因為……
「D」系列的最新版《D-狂戰士伊利亞》完成了!
日本預定於本月25日發行。哇哈哈哈。

D的日記  21-2007年1月號
菊地秀行

 私は目下、居間の床に座布団を三枚敷き、その上に腹ばいになって原稿を書いていますが、やはり年齢のせいか、色々とトラブルが生じ始めました。
まず、腰痛と筋肉疲労。これは座布団が薄いため、必然的に上半身をそらしてペンを走らせなくてはならない・・・これが原因です。一昨年くらいまでは痛んでも疲れても、すぐ回復したのですが、この頃はいけません。特に筋肉疲労のほうは、我が家の最後の手段=マッサージ機を一回に二度稼動させなければ取れなくなりました。
それでも締め切りはやってきます。
「明日の朝までがリミットです」と、担当のI氏。
「はーい」と、私。
翌日、
「もう一日、うちのに裂けませんか?」
「うーい」(自分でも判断がつかない)
「あ、いいですね、ではよろしく」
「ひええ」
何故、こんな自慢話めいたことを書いたかというと・・・
上がりました。<D>シリーズ最新版『D-狂戦士イリヤ』
日本では今月25日に発売予定です。はーっはっはっはあ。


D的日記  ⑳-2006年12月號
菊地秀行

上個月二十三號,橫濱有家名為「碼頭橫濱」的店舉行營業十五周年慶,我和書迷約二十個人浩浩盪盪地前去參加。
店裡的小老闆娘是我學生時代的友人,常在作品中登場的外谷善子小姐(小說裡有良子、順子兩位)。我們在包廂裡暢飲。當中有位臨時的調酒師,可以向他點雞尾酒喝,但喝起來味道有點古怪。他的雞尾酒主要是伏特加摻柳橙汁調成的「螺絲起子」,以及香檳和柳橙汁調成的「含羞草」,但眾人覺得滿腹狐疑。仔細一看,這位調酒師搖晃調酒器的動作很不專業。非但如此,他還緊盯著量杯皺起眉頭,似乎正在偷看某個東西,原來他正拿著《入門者專用雞尾酒調法》在臨時抱佛腳。
隨著更深夜闌,點雞尾酒喝的客人開始紛紛倒地。因為伏特加摻太多了。最後,老闆娘(外谷小姐的姐姐)不禁尖叫道:「老師,請您別再調了」。
沒錯,那位調酒師正是在下。

D的日記  ⑳-2006年12月號
菊地秀行

先月の二十三日、横浜の「ポート横浜」というお店の開店十五周年を祝い、私とファンの方々二十名ばかりで大騒ぎして来ました。
店のチーママが、私の学生時代の友人で、作品にもよく登場する外谷善子さん(小説では、良子、順子と二つあります)。貸切で飲み放題。臨時のバーテンさんが加わり、カクテルも注文オーケイだったのですが、どうも味がおかしい。メインはウォッカとオレンジ・ジュースのカクテル―「スクリュー・ドライバー」とシャンパンと同じくオレンジ・ジュースの「ミモザ」なのに、みな、首を傾げている。よく見ると、バーテンさんのシェーカーの振り方も様になっていない。それどころか、軽量カップを眺めて眉を寄せているし、こそこそ何か読んでいると思ったら、『初心者用カクテルの作り方』ではありませんか。
夜が更けるに連れて、カクテルを頼んだ客たちは、ばたばた倒れ始めました。ウォッカが多すぎたのです。ついに、ママ(外谷さんの姉さん)が、「先生、もう辞めてください」と悲鳴を上げました。
はい、バーテンさんは私なのでした。


 
■2005年5月~2006年3月舊有文章敬請到這邊觀看。
■2006年4月~2006年11月舊有文章敬請到這邊觀看。