D的日記  ⑪-2006年3月號
菊地秀行

天寒依舊,台灣的讀者朋友們過得好嗎?持續近一個月的感冒終於痊癒。目前適逢連載時期,負責編輯正在酣睡(笑)。
日本出版了一系列名為「異形蒐集」的全新文選,台灣應該並未出版譯本。我個人刊登於其中一本《侵略》裡的作品〈雨之村〉 已改編成電影,將於三月二十五日公開上映。電影名稱亦是「雨之村」。因為並非大成本製作,無法在全日本同時上映,東京只有一間戲院播放。之後聽說會在地方巡迴上映。
這篇恐怖小說的內容是描述十多年前失蹤的孩子們,成為令人毛骨悚然的東西返回村莊。電影與原著相差頗多,但是從中體會文字與影像的不同表現法亦是一種趣味吧。小說並未對孩子們返回後的駭人行為多加著墨,電影則有詳盡的描寫。我認為小說與電影的成果都相當不錯(笑)。希望台灣朋友們未來也有機會可以看看這部作品。

D的日記  ⑪-2006年3月號
菊地秀行

まだまだ寒い日が続きますが、台湾のみなさんは、お元気でしょうか。ひと月近く引き続けた風邪もようやく治りました。連載のど真ん中だったので、今は担当編集者が寝込んでいます(笑)。
台湾では翻訳されていないと思いますが、日本では「異形コレクション」という書き下ろしアンソロジーが何冊も出ています。その一冊<侵略>に載った私の作品「雨の町」が、今度映画化され、3月25日から公開の運びとなりました。タイトルも同じ「雨の町」です。大作ではないため、全国一斉ロードショーは出来ず、東京では一館だけ。後から地方を廻るそうです。
ストーリーは、十何年も前に行方不明になった子供たちが、不気味な存在になって戻ってくる、その恐怖を描いたホラーです。映画と原作ではずいぶんと違っていますが、そこから、活字と映像の表現法の違いを読み取るのも面白いでしょう。私が小説で隠した、帰ってきた子供たちの不気味な行動を、映画ははっきりと描いています。どちらもなかなかの出来だと思います(笑)。いつか台湾の皆さんの目に触れてくれたらいいのですが。


D的日記  ⑩-2006年2月號
菊地秀行

地板就是我的書房,因此在橫卧打盹之際,不小心就感冒了。
第一天到第二天為止還沒什麼大礙,但地獄自傍晚開始降臨。身體明明滾燙如火,卻冷得難以忍受。身體直打哆嗦,牙齒格格作響,老實說,我還以為莫非是大限將至呢。
幸好第三天白天略微好轉,正在口唸阿彌陀佛時,收到盟友・夢枕獏老師的新書。因為《幻獸少年》系列亦為台灣讀者熟知的夢枕老師與我不同,個性善於交際,這次的新書亦非小說,而是提供自己的新作品給五位單口相聲家,對方再回贈他們創作的相聲劇本――將之彙編成書。
我不談內容,而是要談肖像。書本封面上有夢枕老師與單口相聲家們的肖像漫畫。夢枕老師在五人間也絲毫沒有突兀感呢。因為是漫畫,當然有經過變形(deformation)。可是,變形後仍舊只能讓人拍手叫好,就非常厲害了。
換言之,夢枕老師與其當作家,更應該當單口相聲家。最後一頁的作者照片亦證明了這件事。不過呢,正因為夢枕老師當了作家,我們才得以欣賞到那些為數眾多的傑作,但是對當事人而言,或許當夢枕亭獏太郎比較幸福吧。
話說回來,為了寄相片簡訊給擔心我的感冒的友人,我也嘗試自拍,結果卻令我感觸良深。
「嗯~~模特兒哪~~」
(本次幾乎都是戲言。)

D的日記  ⑩-2006年2月號
菊地秀行

床の上が書斎なので、寝転んだままウトウトしていたら、風邪を引いてしまいました。
初日と二日目までは良かったのですが、夕方から地獄が襲ってきました。身体は火のようなのに寒くて仕方がない。震えは来るわ、歯はがたがた鳴るわで、正直、これでおしまいかなと思いました。
幸い、三日目の昼に少し回復し、念仏を唱えていると、盟友・夢枕獏センセーから新刊本が届きました。「キマイラ」シリーズで台湾の皆さんもよくご存知のセンセーは、私と違って人付き合いが良く、今回の本も小説ではなく、五人の落語家のためにセンセーが新作を提供し、彼らも創作落語でお返しする―それをまとめたものでした。
内容は置いといて顔の話です。本の表紙に夢枕センセーと落語家さんたちの顔が漫画で描いてある。センセー、この中に入ってちっとも違和感がないのですね。もちろん、漫画ですから、デフォルメしてある。しかし、デフォルメしても唸るしかないというのは凄い。
つまり、夢枕センセーは作家より落語家になったほうが良かったのです。最後のページの著者写真もこれを証明しています。ま、センセーが作家になったから、われわれはあの傑作軍を楽しめたわけですが、当人には夢枕亭獏タローのほうが幸せだったでしょう。
さて、私はどうか?風邪を心配する友人に写メールを送るべく自分で撮影してみたのですが、しみじみと思いました。
「うーむ、モデルだなあ」
(今回はほとんど冗談です)



D的日記  ⑨-2006年1月號
菊地秀行

新年快樂。我是菊地。今年也請多多指教。
本月份十號之後,我將與某位人物見面。討論話題是D的真人版電影化。
事實上,三年前已有人提出真人版的要求,也一度收到法國腳本家改編的故事。由於成品欠佳,退稿之後,這件事情便一直懸而未決。
電影化的授權期是兩年。去年九月份期滿後,我相當猶豫。一旦授權電影化,在該電影完成後的數年間,必須封印其他的D電影跟卡通。事實上,其他方面亦有人與我接洽。當我正煩惱該如何是好時,真人版電影的製片決定前來日本――電影竟是由好萊塢製作――與我進行會談。而他正是「某位人物」。
老實告訴各位,我這世代的人喜歡真人版更甚於卡通。
然而,既不知真人版電影何時開拍,亦不知何時完成。為了那種企畫,封閉卡通化之路是否正確?我兀自躊躇未決。與製片的討論結果將會如何?尚請各位多多期待。

D的日記  ⑨-2006年1月號
菊地秀行

新年明けましておめでとうございます。菊地です。今年もよろしくお願いいたします。
今月の10日過ぎに、ある人物と会ってまいります。話題は“D”の実写版映画化です。
実は“D”の実写版は三年前に申し出がありまして、一度、フランス人の脚本家からストーリーも届いたのですが、ひどい出来なので差し戻し、以後、話は進んでおりませんでした。
映画化許諾期間は二年間。それが去年の9月に切れてから、私は迷っていました。映画化を許可すると、それが完成してから数年間、他の“D”映画もアニメ化も封印されてしまいます。実はそちら方面からのアプローチもあるのです。どうしたものかと思っていたら、実写版のプロデューサーが来日し―なんと、映画化はハリウッドなのです―会談することになりました。彼こそ“ある人物”です。
正直に申し上げますと、私はアニメより実写のほうが好きな世代の人間なのです。
しかし、実写はいつ撮影に取り掛かれるのか、完成するのかもわかりません。そんな企画のために、アニメ化の道を閉ざしていいものかどうか、まだ迷っています。プロデューサーと話し合った結果がどうなるか、楽しみにお待ちくださいませ。


D的日記  ⑧-2005年12月號
菊地秀行

上次向各位報告的「D之日」,在好評聲之中(可能吧……笑)劃下句點。其中也有來自台灣的朋友,不勝感激。○○○小姐,謝謝您。您提到的那本書,我一定會出席。
開心的日子之後,正如人生鐵則,勢必發生沉重的事情。
短短數日間,接連兩位小學一年級(七歲)的女生慘遭殺害。其中一個兇手是祕魯人,加害第二位女生的兇手仍未發現。在日本,每年有超過三十名的小學生被犯罪者奪去生命(近十年都沒有變化),今年上半年則有五百三十七位小學生成為性犯罪的受害者(並非全是殺人),而犯人當然都比受害者年長。保護比自己弱小的人,他們是否沒有這種本能呢?虐待也是如此,這類犯罪未來應該會持續增加,可能也沒有解決之道。我個人認為,我們往後的五十年、一百年都必須好好努力,謀求接近解決之道的方法。各位的想法又是如何呢?

D的日記  ⑧-2005年12月號
菊地秀行

前回お伝えした「Dの日」は、好評のうちに(多分・・・笑い)終了いたしました。台湾からもファンが来て下さり感激いたしました。○○○さん、ありがとうございました。例の本には必ず出席していただきます。
楽しい日の後には、人生の鉄則どおり、暗い出来事が続きました。
わずか数日の間に、小学校一年生(7歳)の女の子が二人も殺害されたのです。片方の犯人はペルー人でしたが、二人目の女の子を手にかけた犯人は、まだ見つかっていません。日本では、年間30人以上の小学生が犯罪者の手で生命を落とし(ここ10年変わっていません)、今年上半期には537人の小学生が性犯罪の犠牲になっています(殺人ばかりではありませんが)。犯人はもちろん、みな年上です。自分より小さく弱いものを守ろうという本能を、彼らは持ち合わせていないのでしょうか。虐めもそうですが、こういう犯罪は、ますます増えていくでしょう。解決法は―多分ありません。それに近いものを求めて、これから50年、100年と努力していくほかはないと私は思っています。皆さんはどうお考えでしょうか?


D的日記  ⑦-2005年11月號
菊地秀行

我是菊地,吼~~(這是日本目前最流行的男同性戀搞笑藝人HG的喝采聲,日本的小朋友們群起效尤,家長們為此相當頭疼(笑))。
台灣和美國出版的D成績良好(話雖如此,其實也是翻譯本),因此本月二十五日決定在新宿舉行名為「D之日」的脫口秀。從晚上七點到凌晨四點的通宵活動,有點擔心我的腰(笑)。
特別來賓包括英文版譯者凱文・萊希先生(KEVIN LEAHY)、卡通導演芦田豐雄先生與川尻善明先生;芦田先生負責第一版的卡通,川尻先生則負責第二版。另外再加上眾所周知從第一集開始擔任編輯的朝日出版石井先生,足以堪稱為夢幻組合。
負責插畫的天野喜孝先生有事不克前來,但D迷將從日本各地趕來,相信會是一場愉快的聚會。聽說也有角色扮演(Cosplay)。我將會透露執筆時的祕辛,例如D是如何誕生?左手的點子是從何而來?D的真實身分?還有結局會是如何?一切都將在聚會中公諸於世(或許會,又或許不會(笑))。喂,很有趣吧(您要不要來參加呢)?
十月號的日記接獲得各位諸多意見,感謝大家。我想那是我們今後仍然必須好好思索的問題。

D的日記  ⑦-2005年11月號
菊地秀行

菊地です。フォ~!(これは、今日本で流行しているハード・ゲイ・タレントの掛け声です。子供たちが真似して親が困っているようです(笑))。
台湾とアメリカで発売された“D”が、成績良好(といっても、翻訳書としては、ですが。)で、今月の25日に「Dの日」というトーク・ショーを<新宿>で開催することになりました。7:00PM~4:00AMまで、一晩ぶっ通しの企画で、腰が心配です(笑)。
ゲストは、英語版翻訳者のケビン・レーヒ(KEVIN LEAHY)さんに、アニメ監督の芦田豊雄さんと川尻善明さん。芦田さんは最初のアニメ版“D”を、川尻さんは二作目を手がけてくれた監督です。これに、一作目からの担当者―ソノラマ文庫のご存知、石井さんを加えて完璧な布陣です。
イラストの天野喜孝さんは都合が悪くて見えませんが、Dファンも日本中から駆けつけて、楽しい会になるでしょう。仮装(コスプレ)もありそうです。私は執筆時の内緒話をします。Dは、どのようにして生まれ、左手は何処から思いついたのか?Dの正体は?そして、ラストはどうなるのか?すべてが明らかになる(よーな、ならないよーな(笑))
イベントです。ね、面白そうでしょ(いらっしゃいませんか?)
前回のエッセイにいろいろなご意見をいただき、ありがとうございました。まだまだ考えていかなくてはならない問題だと思います。


D的日記  ⑥-2005年10月號
菊地秀行

總算變得開始有秋天氣息起來了。日本今天正在下雨。一轉寒後,東京便會像落入地獄似地冷得和冬天一樣。或許這是因為街道是由混凝土與鋼鐵、玻璃組成的關係。只不過我住的地方是綠意尚存的市郊就是了(笑)。
好像無法區別「不可以做的事」和「好事」的人逐漸變多了。最近,在日本各地發生了許多以壓縮氣瓶的瓦斯射出塑膠子彈的玩具槍造成的槍擊事件。
有的是從車內射擊行人,有的則是從車內對並型車輛開槍。甚至還有使用金屬子彈的,簡直就像是美國的動作片一樣(笑)。犯人多半是十多歲到二十歲出頭的族群。這會演變成射中眼睛就造成失明、倘若駕駛一個失誤便會發生重大事故的狀況------犯人們實在太沒有想像能力了。只是有著這種自以為是的想法:覺得因為不是真槍所以就算打中也不會死人。如此這樣的人每天都在增加。不知道在各位讀者的國家又是怎麼樣的呢?
下面回答讀者的詢問。

D的頭髮在天野先生的插圖裡是直髮,在動畫裡卻是捲髮,到底是直的還是捲的呢?
答:我已經不太清楚了(笑),但就原作者的立場來說,我覺得應該是有著柔緩的捲度,不過直髮比較有男人味就是了。

D的日記  ⑥-2005年10月號
菊地秀行

ようやく秋めいてきました。今日は雨が降っています。寒くなると、東京は奈落へ落ちるように冬に近づきます。コンクリートと鉄とガラスでできている街だからでしょうか。もっとも、私の住まいは緑の残る郊外ですが(笑)。
やってはいけないことと、いいこととの区別がつかない人たちが多くなってきたらしく、このところ、日本各地で、ガスガン―圧縮されたガスを使ってプラスチックの弾丸を飛ばすオモチャの銃の発砲事件が多発しています。
車から通行人を撃ったり、並んで走る車に弾丸を浴びせたりするのです。金属製の弾丸も使います。まるで、アメリカのアクション映画です(笑)。犯人の多くは十代から二十代はじめの人たちでしょう。目に当たれば失明する、ハンドル操作を誤れば大事故につながる―犯人たちには、想像力が欠けているのです。本物のピストルじゃないから、当たっても死なないからいい、自分の都合のいいようにしか考えられない。こういう人たちが、日に日に増えています。皆さんの御国ではどうでしょう?
質問にお答えします。

Dの髪は、天野さんのイラストでは直毛、アニメでは癖毛です。実際はどうでしょうか?
答: もうよくわかりません(笑)が、原作者としては、やわらかいウェーブがかかっているくらいだと思います。直毛の方が男らしいですが。


D的日記  ⑤-2005年9月號
菊地秀行

電腦終於修好了。雖然因為換了硬碟,讓以前的資料全部不見了,不過奇幻基地方面的負責人已經再也沒有必要閱讀我可怕的原稿了(笑)。這次送上已打好字的稿子。
我的原稿在日本也有「會讓編輯潸然淚下」的評語,因為沒辦法讓校正者或電腦打字員直接閱讀,所以一直都會由責任編輯再仔細重謄過一遍。當然,比起用電腦列印稿件,或者用mail交稿的人,截稿日就少了整整一天。好像對編輯的人來說是很沈重的壓力(因為每個月、每個禮拜都有),已經有好幾個人因此入院,變得藥不離身了(笑)。傳說中甚至還死過人(笑),也有人在見了面後說我是「殺人犯」,嚷著「要審判你!」(大笑)。不過這是玩笑話就是了。
接著來回答大家的疑問。
① 在《雙影騎士》中出現了貴族專用的大澡堂。可是水對吸血鬼來說卻是禁忌,究竟是怎麼回事?
答:請將這想成是貴族「對人類的憧憬」之一。就像會被招致死亡的陽光所吸引一樣,貴族對自己一族的禁忌抱有憧憬的感覺。
抱歉,剩下的問題下次再回答。腰已好了許多。謝謝大家的關心!

D的日記  ⑤-2005年9月號
菊地秀行

 やっとPCが修理できました。ハード・ディスクを入れ替えたため、それまでの記録はすべて消滅してしまいましたが、奇幻基地の担当の方は、もう私の恐るべき生原稿を読む必要はありません(笑)。印字したものをお送りできます。
私の原稿は、日本でも編集者泣かせと評判でして、そのままでは校正者やコンピュータ写植者が読めないため、担当編集者が、きちんと書き直しています。当然、コンピュータを使ってプリントしたり、メール送信する人たちに比べ、丸一日、締め切りが短くなる。編集者にとっては大変なストレスらしく(毎月、毎週ですから)、何人かが入院したり、薬が離せなくなっています(笑)。うわさでは死んだ人もいるらしく(笑)、面と向かって「人殺し」だの「裁判にかける」と言われたこともあります(大笑)。ま、冗談ですが。
では、ご質問に、お答えしたいと思います。

 ① 「双影の騎士」の中で、貴族用の風呂場が出てきました。吸血鬼に水はタブーなのでは?
答: これは貴族の「人間に対する憧れ」のひとつと思って下さい。死を招く陽光に魅かれるように、着族たちは自分たちにとってのタブーに、憧憬の念を抱いているのです。

 ごめんなさい。後の質問は次回に廻します。腰はとても良くなりました。心配して下さ
った皆さん、ありがとう!


D的日記  ④-2005年8月號
菊地秀行

《吸血鬼獵人D》除了在台灣、中國、韓國以外,也正在美國出版中。
如此一來就就已經被譯成三國語言了。而在歐洲地區,也有打算要進行出版,候選國有法國、德國、義大利。倘若能實現的話,書架裡就會排上六國語言的D。
二十年前,我曾試著和當時在翻譯出版公司任職的大學學弟,談過想把D出版到國外的事。
他的回答十分簡短,非常明白。
「怎麼可能!這種事跟作夢一樣。」
二十年過去,夢想變成了現實。
正因為會有這種事發生,所以人生才有趣。
翻譯了美國版D的人,並非專職譯者。也沒有受人委託。純粹只因為是D的書迷,而明明沒有任何報酬,卻還是孜孜不倦地獨力完成了翻譯。
當打算在美國出版D的意見傳來時,對方──凱賓•雷西先生手邊已經翻完了兩本D了。請下次再讓我告訴大家這件事。

D的日記  ④-2005年8月號
菊地秀行

(本期的「D的日記」延遲了,主要是因為老師的電腦壞掉,必須以手寫方式傳真過來。傳真過來之後才是考驗的開始,因為……老師那龍飛鳳舞的筆跡還真是難以辨識啊!連譯者大人都看不懂,這下怎麼辦才好?幸好基地臥虎藏龍,緊急運用「人脈存摺」,請了一位神祕人物幫我們釋疑,最後才能夠順利看懂字,並譯成中文。真是阿彌陀佛啊,哈哈!)

來看老師的「真跡」→
D的日記第一頁原文  D的日記第二頁原文
(藍筆與紅筆是苦工米卡的筆記,由此可看出……任務非常艱難!)


D的日記  ③-2005年7月號
菊地秀行

台灣的各位讀者,感謝大家對我的腰痛的各種建議以及關心。暫且先決定努力用針灸和按摩治療。效果在一陣子後再告訴大家。
接著,就來回答各位的疑問。

①會有看到D哭泣的一天嗎?
答:不會。我想這件事只要各位想像一下就會知道了。――能夠想像嗎?

②D喜歡的女生是哪一種類型?
答:努力活著的人。D本身的性格老實說相當乖僻。正因為如此,他對在嚴苛的邊境中努力、認真生活著的女性容易抱持好感――應該說是共鳴。這無分美醜。D這名青年,對無所事事地過活的美女毫不關心。

我在東京的<新宿>,一年會舉行六次的座談會。雖然只不過是一面觀看依不同主題編輯成的SF、驚悚電影錄影帶,一面隨意談話;卻因頗受好評而整整持續了六年。如果讀者們來日本時能參加,我會十分高興。下次再繼續告訴各位這件事吧。

(老師收到基地翻譯成日文的讀者回應之後,給了以下回信)

各位讀者
感謝各位送來令我欣喜萬分的信息。雖然腰還是一成不變地痛,倒是不會妨礙工作。我每天一面回憶著大家的面容一面動筆(我是用手寫)。預定於明天(6號)時完成D的最新一集。還剩五十多張,不知是否趕得上,請大家為我加油。我會努力為大家送上更精彩的D。希望早日能在台灣再度與各位相見。
由衷地感謝各位。

菊地秀行

D的日記  ③-2005年7月號
菊地秀行

 台湾の読者のみなさん。私の腰痛に対して様々なアドバイスとお気遣いをありがとうございます。とりあえず、鍼灸とマッサージで頑張ることにしました。効果は追ってお知らせします。
では、皆さんの質問についてお答えいたします。

 ① Dが泣くのを見る日はあるか?
答:ありません。これは想像していただければわかると思います。――想像できますか?

 ② Dが気に入る女の子のタイプは?
答:一生懸命生きている人。D自身の性格は、正直かなりひねくれています。それだけに、過酷な辺境で懸命に、真っすぐ生きている女性には好意―というより共感を抱きがちです。美醜は問いません。いい加減に生きている美女には、何の関心もないのがDという若者なのです。

 私は東京の〈新宿〉で、年に六回ずつトーク・ショーを開いています。テーマ別に短く編集したSF・ホラー映画のビデオを観ながら、好き勝手にしゃべるだけですが、なかなか好評で、もう丸六年続いています。来日の折、お寄り下さると嬉しいです。次回はもう少し、この話をしましょう。

(老師收到基地翻譯成日文的讀者回應之後,給了以下回信)

ファンの皆様。
とてもうれしいメッセージをありがとうございました。腰は相変わらず痛みますが、仕事には差し支えありません。皆さんのお顔を思い出しながら、毎日ペンを走らせております。(私は手書きです。)明日6日一杯でDの最新刊が完成する予定です。あと50枚余、間に合うかどうか。応援してください。皆さんにより素晴らしいDをお送りできるようがんばります。いずれまた台湾でお目にかかりましょう。
心からの感謝を込めて。
菊地秀行


D的日記  -2005年6月號
菊地秀行

 各位好。我是時常想起曾在台灣遇見的各位讀者的菊地。
 眼下,我因為正在做某件事,所以腰痛得淚眼汪汪。過些時日後我再告訴各位那是什麼事。
這一回也是在回答諸位的問題。

① 能否告訴我們D的羅曼史?
答:D的工作是受人委託而來。由於只要委託人的親人或工作場所附近有妙齡少女在的話,一百個少女裡有一百個會對D芳心暗許,所以這大概就能說得上是羅曼史了。不過D會喜歡上某位女性這件事,大抵上是不可能的。(→這邊譯者有解釋喔,請來看看吧!)因為他十分清楚愛情會成為工作的阻礙,也因為他的個性並不適合談戀愛。對女性來說,愛上D的結果只會是場悲戀。但儘管如此,這仍會成為故事中的事件。早晚有一天,會告訴大家D的偉大羅曼史的。

 眼下正在執筆D的最新作品《D-白魔山》(下)。每日為了寫出不遜上冊的波瀾壯闊之作而動著筆。沒離開家裡一步。每日對家人亂發脾氣後被飽以老拳然後以淚洗面(笑)。請大家為我加油。

D的日記  -2005年6月號
菊地秀行

 こんにちは。台湾で会ったみなさんのことを、いつも思い出している菊地です。
目下、ある事をしているため、腰が痛くて泣いています。もう少し経ったら、教えますね。
今回も、みなさんのご質問にお答えいたします。

 ① Dのロマンスについて教えていただけませんか?
答:Dは依頼されて仕事を請けます。依頼者の家族やその近くに年頃の少女が居れば、百人中百人がDに心を奪われますから,ロマンスといえるかもしれませんが、Dが女性を好きになることは、まずありません。恋情は仕事の邪魔になると知り尽くしているからと,恋愛向きの性格ではないのです。女性にとって、Dを愛した結果は悲恋でしかありません。それでもドラマにはなります。いつかお話しましょう、Dの大ロマンスを。

 目下、Dの最新作「D-白魔山」(下)に取りかかっております。上巻に負けぬ波乱万丈の作品に仕上げるべくペンを動かす日々です。家から一歩も出られません。毎日、家人に八つ当たりしては殴り返され泣いています(笑)。みなさん、応援してください。


D的日記  ①-2005年5月號
菊地秀行

十分感謝台灣的各位讀者總是支持著D。我是作者菊地秀行。從本次起有幸得以在奇幻基地的網頁上書寫隨筆散文,希望各位能夠喜歡。
首先是回答各位所寄來的問題。
問:D的藍色墜飾是D自己做的嗎?還是神祖給他的?又或者說是從其他地方得到的?
答:這是祕密。那確實是從別人那裡得來的,不過不能告訴大家那個人是誰。因為那是在這之後才會揭露的一個重要插曲。
就是這樣,我期待著各位的下一個問題。
之前日本有段長假(共8天)。大家好像都去旅行或者出去玩了,不過我一直待在家寫著原稿,因為之前偷懶的報應來了。作家乃是自由業,所以可以在喜歡的時間休假。可是,這也就等同於隨時都在工作。

D的日記  ①-2005年5月號
菊地秀行

 台湾のみなさん、いつもD を応援して下さって、ありがとうございます。作者の菊地です。今回から『奇幻基地』のHPで、エッセイを書かせていただくことになりました。楽しんでいただけると嬉しいです。
まず、皆さんから寄せられた質問にお答えします。
 ① D の”青いペンダント”はDが作ったものか、神祖から貰ったものか、他のところから手に入れたものか?
答:内緒です。貰ったのは確かですが、誰からとは言えません。それもこれから明らかにしていく大切なエピソードです。
 以上です。次の質問をお待ちしています。
日本では長い連休(8日間)がありました。みな旅行や遊びに出かけたようですが、私はずっと家で原稿を書いていました。さぼっていたツケが廻ってきたのです。作家は自由業なので、好きな時に休めます。これは、いつも仕事、と同じことなのです。